Knowledge Integration through Detecting Signals by Assessing/Scanning the Horizon for Innovation

化学分析などを行う流体デバイスを紙で作る

 化学物質の検出、反応や分離など様々な化学操作を小さなチップ上で複数同時に行って化学分析ができる流体デバイスであるマイクロ流体チップの研究が長年広く進められています。

 2007年、MITのWhitesides教授らのグループが、ろ紙上に数百マイクロメートルから数ミリメートル程度の流路を作製し、フロー分析に利用する“紙製”のマイクロ流体デバイスのコンセプトを提唱し、microfluidic paper-based analytical device(μPADs)と命名しました1)。以降日米を中心に様々なμPADs関連の研究が進められています。元々分析化学系の研究者が中心となって、紙製の分析デバイス上でどのような成分を分析できるかといった研究を中心に進められていましたが、最近では紙に直接描画可能な導電物質を活用するなど、測定方法や活用シーンの拡大が見込まれています。

“紙製”であることの意義

 通常のマイクロ流体チップは、主に半導体製造装置等の専用の製造装置を使用し、微細加工技術などから高性能・高精度のチップを目指すという方向性が主流ですが、紙製のマイクロ流体チップは、紙という素材の特徴を活かし、より安価で簡便な分析デバイスを目指した研究が多く見られます。製造方法としては、特別な製造装置を用いずに一般販売されているインクジェットプリンターを活用したり(図1)、操作も簡便となるようシンプルに、かつ電源不要もしくはスマートフォンを電源や計測デバイスとするなど、持ち運びの容易さも特徴と言えそうです。

 

図1:紙製マイクロ流体デバイス作製法の概略2) 

(岡山大学 金田隆教授より提供)

 

 図2は、実際に海水をサンプル溶液に用いたμPADs3)で、デバイスの中心に溶液を滴下し、Ca2+とMa2+の濃度測定によって水の硬度を分析したものです。このような屋外でのフィールドワークによる測定であれば、μPADsを持参することで現地でのリアルタイム検査が実現できます。また海外などの遠隔地で行う場合はμPADsを郵送して協力者に測定を行ってもらうなど、紙製であることの特徴を活かしてより柔軟に、迅速に研究を進めることが可能となります。

 

図2:紙製マイクロ流体デバイスのサンプル

 

 また、図3は近年製品化された紙に直接描画可能な導電物質4)5)6)を使用し、μPAD上に電子回路をインクジェットプリンター等でプリントし、ヒーター機能を追加したものです。ヒーター機能を活用して流路の溶液を蒸発させることで溶液の浸透を一旦停止させるストップバルブを設けたり、溶液を濃縮させるなど、新たな測定方法も提案されています7)

図3:μPADs上に電子回路をプリントした分析デバイスをUSBポートに差し込んでヒーター機能を活用(名古屋大学 松田佑准教授より提供)

 

“紙製”マイクロ流体デバイスの実用化に向けて

 現在は、分析する対象や分析手法の拡大などμPADs自体の研究や、持ち運びが容易な分析デバイスとして様々な研究活動の中で活用されることが中心のようです。

 今後は、例えば感染症への感染有無を医療機関で検査する前に家庭で簡易的に調べるなどの医療面での活用、水質・空質・土壌汚染などの環境調査への活用など、“紙製”の安価、簡便に検査できるという特徴を活かし、特定のニーズと研究内容をうまくマッチさせることで、様々な形で製品化・社会実装が進む可能性が考えられます。特に医療インフラの整っていない開発途上国では安価、簡便な検査という観点は大変重要であり、社会貢献の面でも期待されます。

 

謝辞

 本記事を執筆するにあたり、岡山大学大学院自然科学研究科 金田隆教授、名古屋大学未来材料・システム研究所システム創生部門 松田佑准教授には研究内容や動向について詳しくご教示頂きました。ここに感謝の意を表します。

 

参考文献

  1. A.W.Martinez, S.T.Phillips, M.J.Butte, G.M.Whitesides, “Patterned Paper as a Platform for Inexpensive, Low-Volume, Portable Bioassays”, Angewandte Chemie, 2007, 46, 1318-1320 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ange.200603817/full
  2. 金田隆, ”マイクロ流路ペーパー分析デバイスの作製法”, ぶんせき, 2015, 11, 499-500 http://www.jsac.or.jp/bunseki/201511.html
  3. Shingo Karita; Takashi Kaneta; “Chelate titrations of Ca2+ and Mg2+ using microfluidic paper-based analytical devices” Analytica Chimica Acta, 2016, 924, 60-67. https://doi.org/10.1016/j.aca.2016.04.019
  4. Yoshihiko Kawahara et al., “Building Functional Prototypes Using Conductive Inkjet Printing”, IEEE Pervasive Computing, 2014, 13, 30 – 38 https://doi.org/10.1109/MPRV.2014.41
  5. エレファンテック株式会社HP:https://www.elephantech.co.jp/
  6. Bare Conductive社HP:https://www.bareconductive.com
  7. Yu Matsuda et al., ” Electric Conductive Pattern Element Fabricated Using Commercial Inkjet Printer for Paper-Based Analytical Devices”, Analytical Chemistry, 2015, 87 (11), 5762–5765 https://doi.org/10.1021/acs.analchem.5b01568

 

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