Knowledge Integration through Detecting Signals by Assessing/Scanning the Horizon for Innovation

冬眠とは

動物は呼吸により酸素を取り込み、心臓を拍動させることで酸素を含んだ血液を全身に行き渡らせています。動物が生命を維持するために必要な最低限のエネルギーを基礎代謝といいます。哺乳類や鳥類などの恒温動物は体温を維持するための熱産生を行っています。この熱産生を自らオフにし、さらにそれによって外界の気温付近まで体温を低下させることで、基礎代謝を下げた低代謝状態で生き延びるという現象が冬眠です。この低代謝状態が数カ月に及ぶものを「冬眠(hibernation)」、数時間程度のものを「休眠(daily torpor)」と呼びます。

冬眠研究の歴史とコミュニティ

冬眠研究の国際コミュニティである国際冬眠シンポジウムのプログラムによると、冬眠動物の生態を研究する研究者が多く所属していますが、生理学的な研究もされており、NASAには人工冬眠を目指して応用的な研究を進めている研究者もいます。日本では主に日本生理学会、日本生態学会、日本分子生物学会、日本哺乳類学会、日本集中治療医学会などで成果が発表されています。宮崎大学の森田哲夫氏、元大阪市立大学の川道武男氏、元三菱化学生命科学研究所の近藤宣昭氏らにより、1989年に「冬眠談話会」が発足し、その成果は2000年に出版された「冬眠する哺乳類」1)に詳しくまとめられています。この本の著者の多くは定年等で退職し、研究者の世代交代が進んでいます。

冬眠研究の現状

これまでの研究から、冬眠中の動物は心臓の拍動が極端に減り、低血流や低酸素状態に対して体全体が低代謝状態に変化して生命活動を維持していると考えられています。近藤らによるシマリスを使った研究からは、体内で冬眠と連動して年周期的に変化する物質が発見され、脳で複合体として機能することが分かりました2)。季節を問わず冬眠できるゴールデンハムスターを使った研究からは、冬眠準備期間に体重がある値以下になると更に基礎体温の低下が生じるなど、冬眠状態に向かうための体の内部変化が起こっていることが分かってきました3)。冬眠中の動物は、運動がほとんどできない状態であり、非冬眠動物なら筋肉や骨が大幅に衰えるような状態にあるにも関わらず、冬眠動物は廃用性萎縮(使わないことによる筋肉の萎縮)を起こしにくいと言われています。また冬眠中には脂質代謝を主としたエネルギー代謝系に変化するにもかかわらず、高脂血症や高コレステロール血症に伴う障害を防ぐような働きがあるようです。このように、リス、クマ、ヤマネなど様々な野生動物を中心とした動物に対する冬眠状態の観察により、冬眠に伴う生理変化に関して詳しく報告されています。一方、そのメカニズムの解明に関しては情報が不足しています。シマリスで発見された冬眠物質の動態は非常に複雑であり、冬眠をコントロールするメカニズムについてはその一部がおぼろげながら分かってきたにすぎません。

冬眠研究の難しさ

野生動物を対象に進められてきた冬眠研究の難しさにはいくつか理由があります。動物の調達や飼育にある程度の慣れが必要であること、冬眠は年周期であることが多く、研究に長い年月が必要であること、個体の遺伝的背景にばらつきがあること、遺伝学・分子生物学的手法が使いにくいため論文が通りにくく、その結果、安定的に研究費を確保するのが難しいなど、研究を継続的に行うことにハードルがあります。地道に活動を続けてきた研究者により成果は報告されていますが、研究者の定年や冬眠研究を進めてきた研究機関の閉鎖など様々な要因が重なり、1989年に発足した冬眠談話会の活動は停止してしまいました。

冬眠研究のブレイクスルー

ところが近年の次世代シーケンサーやゲノム編集技術により、ゲノム情報が完全に解明されていない野生動物を対象にした研究もやりやすくなりました。例えばゴールデンハムスターのように、遺伝情報が完全に解読されていない動物でも、分子生物学的な解析が可能になり、若手研究者からも新たな研究成果が出始めています。また熱帯地域でのキツネザルの体温と中途覚醒の関係4)、ウシの血清から冬眠物質の検出5,6)、冬眠とマウスの休眠との類似性7)など、最近特に興味深い冬眠関連研究の報告が増えています。

今回、再発足した研究会により、冬眠研究者が集合し、動物の生態に限らず、代謝や栄養、救急医療にまで関係する冬眠研究が飛躍的に進むことが期待されます。

写真は冬眠中のシリアンゴールデンハムスター

東京大学大学院薬学系研究科 山口良文准教授提供

山口良文准教授は2017年夏に行われる第1回冬眠休眠研究会の世話人です。


出典

1) 川道 武男、森田 哲夫、近藤 宣昭 「冬眠する哺乳類」東京大学出版会(2000)

2)Kondo, N., Sekijima, T., Kondo, J., Takamatsu, N., Tohya, K. and Ohtsu, T. “Circannual Control of Hibernation by HP Complex in the Brain” Cell 125, 161-172 (2006)

3) Chayama, Y., Ando, L., Tamura, Y., Miura, M., and Yamaguchi, Y. “Decreases in body temperature and body mass constitute pre-hibernation remodelling in the Syrian golden hamster, a facultative mammalian hibernator” Royal Society Open Science (2016) http://dx.doi.org/10.1098/rsos.160002

4) Dausmann, H. K. and Blanco, M. M. “Possible causes and consequences of different hibernation patterns in Cheirogaleus species- mitovy fasty sahala” 15th International hibernation Symposium NV, USA. pp31 (2016)

5) Fujita, S., Okamoto, R., Taniguchi, M., Ban-Tokuda, T., Konishi, K., Goto, I., Yamamoto, Y., Sugimoto, K., Takamatsu, N., Nakamura, M., Shiraki, K., Buechler, C. and Ito, M. “Identification of bovine hibernation-specific protein complex and evidence of its regulation in fasting and aging” J. Biochem. 153, 453-461 (2013) https://doi.org/10.1093/jb/mvt008

6) Seldin, M. M., Byerly, M. S., Petersen, P. S.,Swanson, R., Balkema-Buschmann, A.,Groschup, M. H. and Wong, G. W. “Seasonal oscillation of liver-derived hibernation protein complex in the central nervous system of non-hibernating mammals” J. Exp. Biol. 217, 2667-2679 (2014)

7) Sunagawa, A. G. and Takahashi. M. “Hypometabolism during Daily Torpor in Mice is Dominated by Reduction in the Sensitivity of the Thermoregulatory System” Scientific Reports, (2016) DOI: 10.1038/srep37011

これまでの科学技術予測調査における関連トピック

冬眠法等による生体保存法が開発される。(1992年:第5回調査)

がん冬眠療法(がんの発育を遅らせがんと共存する時間を長くすることを目標にする新しい発想の治療法)(2005年:第8回調査)


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